〝わがまま〟は本当に悪か?

負けず嫌いの原点

僕には4歳年上の兄がいる。兄は保育園からサッカーをやっていて、その影響で僕もサッカーを始めた。僕は暇があればボールを蹴るような子供で、兄とも良く一緒にサッカーをした。1対1を挑むたびに僕は兄に負け、それが悔しくて悔しくて仕方なかった。それは兄との勝負に限らず、学校の友達と休み時間サッカーをやる時もそうだし、休みの日に友達を集めてやる時もそう、もちろんチームでの練習や試合の時も同じ。『負ける』ことに過剰に反応し、時に負けそうになると言いがかりを付けたり、ルールをねじ曲げたり、ジャッジに対して文句をいう事もあった。負けたら、泣きの一回を申し込み何とか勝って終わるようにしていたこともあった。それでも負けてしまう時はあるので、その時は渋々諦めた。

中学、高校、大学と勝つことに対して執着がないく、負けてもへらへらしてるような仲間が僕は嫌いだった。そんなやつに限って、口では「勝ちたいと」ふざけたことを言ってくる。もちろん人によっては、〝悔しい〟という感情を表に出さない。それはこちらが悟る必要があると思っている。また、練習で手を抜く仲間も嫌いだった。本気で練習をしなくても勝てるような相手や結果で満足できるようならそれでいい。しかし、手が届くかどうかも分からない高い目標をお互いに共有したにもかかわらず、さぼる。意味が分からなかった。

 

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大人になるということ

大人になるに連れて、そういった負けず嫌いの人、熱い人は煙たがられることが多い。もちろんそうでは環境もあるが、多くの場合がそうだ。例えば、一緒に友達とご飯を食べていてどっちの方が多く食べられるか軽いノリで食べていたとする。そんな中、終盤になって本気で言いがかりを付けて来るような友達は正直ウザい。サッカーでも遊びで友達と勝負してるのに本気になる人はうざがられる事がある。ウザがられた側はそういった経験を経て、いつの日か丸くなり始める。相手の顔色を伺う。空気を読んだふりをして、大人であることをアピールする。

22歳の僕が感じる日本という社会は邪魔者、くせ者、周囲と違う者を排除するような文化があると思う。糞みたいな文化だ。本当にそれが正しいのだろうか。誰と付き合うかは自由だ。それは紛れもない事実。嫌いな相手とは遊ばなければいいし、嫌なものとは距離を置けばいい。しかし、その結果大人は腹を割れなくなる。新しい友達ができにくくなる。狭まい空間でしか生きれなくなる。それはマイナスではないかと思う。自分と違う者を受け入れ、嫌なものは嫌と相手に伝え、悔しいものは感情に出してもいいと思っている。だから僕は大人になっても子供みたいにわがままで、自分の意見をしっかり伝えられる人を尊敬する。『自分を持っているな』と。

 負けず嫌いがサッカーに与えてくれたもの

何度も言うが僕は負けず嫌いだ。特にサッカーに関しては人から嫌われるほどの負けず嫌いさを持っている。しかし、僕はそれを誇りに思っている。なぜなら、それはいつも僕に対してプラスに働いてくれるからだ。ある時それは、僕のモチベーションになってくれる。人は弱い人間で理由をつけて怠けてしまうときがある。しかし、負けず嫌いはそんな自分の尻を叩いてくれる。ある時それは、仲間を見つけてくれる。最初に言った通り、時に自分から離れていく人がいる。しかし、自分と同じ志を持った人、共感してくれた人が近づいてきてくれる。こんな幸せなことはない。同じ志を持った仲間とやるサッカーの方が楽しいし、お互いに高め合う事ができる。ある時それは、自分を成長させてくれる。サッカーは勝負の連続だ。そんな時にその気持ちがあれば常に勝ちにこだわる事ができる。それは必然と成長につながる。

いいことしかない。いいことしかなかった。僕はこれからも負けず嫌いでいたいし、負けず嫌いでいようと思っている。負けず嫌いである気持ちを押し殺す必要はどこにもない。自分に正直でいよう。『空気を読む事が大人である事なら、僕は一生わがままでいい。』

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

チーム(組織)を変えることが出来るか

何かを変える必要がある。〝何か〟とは。

 前回ブログに書いたように僕は自分の成長だけでなくチームの成長を考えるようになった。

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成長するとは変化するということ。想像してほしい、今までの自分を変えようとなると覚悟と行動力が必要だ。言葉では簡単だが実際にはとても難しいことだ。ましてチームを変えるとなるとそれ以上に難しいことは誰にでも理解できる。それでも僕は自分が先頭になって変えていこうと決めた。そこでそもそも何を変えるのかを考えた。(これは僕がキャプテンになった2年の7月頃からの話)。

 

まず、真っ先に思ったのが後輩が入って来たら意見の言える環境にすること。僕は入部して、チームの悪い部分に気づきながらそれを指摘できなかった。そこで、各代のキャプテンに何か選手の中でチームに足りないものや思うことがあったら積極的に言ってくれと声をかけた。また、積極的に縦のコミュニケーションを取り、後輩からも話出せる環境にした。実際にチームのことを僕に話してくれたのはごく一部だがそれでもよかった。全員が発言できるような性格ではないので、各代表がまとめて話してくれれば成果が出ると思ったからだ。

次に、意志を統一することだ。とてもシンプルだが互いに目指す方向がバラバラではチームとしてまとまることは出来ない。そこでミーティングをした。もしかしたら監督が決めることなのかもしれないが、ここを目指す!とはっきりしたものは無かったので選手間で確認した。ちなみに目標は〝県で優勝すること〟だった。嬉しいことにほとんどの選手がそこを目指したいと自ら手を挙げてくれた。(今では何故、全国優勝と目標を立てなかったんだと後悔しているが・・・笑)。後輩たちの中には、その目標でさえ過去の結果を考えれば、現実的じゃないと考える者もいたと思うが自分たちがリードしようと思った。

次は練習への姿勢。僕たちのチームは円陣を組んでから練習がスタートする。授業が終わり、着替えて円陣を組む場所に来るまでの身体の準備や心の準備は人それぞれだ。サッカーのスイッチの入れるタイミングも人それぞれ。円陣を組んだからってスイッチを入れなきゃいけないわけでもない。ただ、グラウンドに出て来てからネガティブな発言を発することは許さなかった。具体的には「だるいな〜」「帰りたい」「やる気でねー」等の発言だ。正直、この発言は発した本人しか耳に入らなければ別によかった。部活に出ることは強制ではないからだ。ただ、出た来る以上その発言を聞いた他の選手を悪い方向に巻き込んだり、やる気を持って出て来ている選手に気分を悪くさせて欲しくなかったからだ。恐らく僕の耳に入らないこともたくさんあったと思う。なんせ誰よりも早く準備を済ませグラウンドに出るようにしていたからだ。授業後すぐに練習なんて、その切り替えを高校生に求めるのは難しいと思う。もちろん簡単な人は簡単だが。だから僕は半強制的にネガティブな言葉をシャットアウトした。

最後は練習そのもの。1番の課題はここだった。部活は学校の先生が教えている場合がほとんどで、僕たちの学校もそうだった。学校の仕事が残っていて監督が練習に出て来れないことや、途中から来ることも良くあることだった。では、練習は誰が見るのか。僕はGKでGKトレーニングも自分で考え、後輩GKに教えていた。その間FPには指導者がいない。自分たちで高い意識を持ち練習するしかなかったが、GK練習をしながらFPの練習を見ると、要求したいことが山ほどあった。時にGK練習を抜け出し、FPの練習の方に混じったり、外から声をかけることがあったが不十分だった。僕が3年の頃、選手は50人近くいた。仮に指導者に専念しても十分に50人の練習を見ることは出来ないだろう。不可能だ。なので、GKとFPが一緒に行うトレーニングの時は力の限りコーチングをした。

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言葉の魔力

この4つが主に力を入れた部分だ。結局のところ1人1人が変わるしかなかった。僕は話し合いを重要視した。1対1で話し、グループで話し、全体で話し。僕は話しをするときは相手の心に響かないと意味がないと思っている。このブログもツイッターも誰か1人に共感してもらえたら嬉しいと思って書いてるし、何かきっかけになったりしてくれたら嬉しいと思っている。相手によって話し方も変えるし、言葉も選ぶ、音の強弱や気持ちの込め方も違う。人によっては、あえてサッカーの話しをしないし、逆にゴリゴリ戦術の話をする。また、一方通行になってはいけない。絶対にキャッチボールをしなくてはならない。口下手な相手ならそれを引き出す努力をする。

言葉は磁石だと思っていて、相手を引きつけることもできるし、離す事も出来る。僕も時に間違った使い方をしていただろうし、今でも間違えることがある。だからこそ大切なわけで。これを読んでいる方も誰かの言葉に影響されたこと、震えたことがあるだろう。僕は常に、『影響を与える側』でありたいと思っている。

実際に目に見えて変わった選手はたくさんいた。残って練習をやるようになった選手、筋トレを頑張るようになった選手、積極的に発言するようになった選手、周りを冷静に見れるようになった選手、情熱が高くなった選手、コミュニケーションが取れるようになった選手・・・。最後に僕の好きな言葉を紹介したいと思います。

 

『勝ちたいんだろ?強くなりたいんだろ!?だったら、ミスしたら怒鳴れよ!!ふざけた奴はどつけよ!!ルーズボール追わなかっただけで平手が飛んでくるチームだってあるんだ。それができねえからいつまでたっても弱小のまんまなんだよ!!!それは主将の仕事でもPGの仕事でもないチームの中で一番勝ちたいと願ってるやつがやるもんなんだよ。』

これはあひるの空というバスケット漫画に出て来る言葉です。少し表現が過激な部分もあるけど、この意味を感じ取ってほしい。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

これが高校サッカー?先輩からのプレッシャー

衝撃的な始まり

僕の入ったサッカー部では、新入部員は学校の周りを100㎞走るという恒例行事があります。1周が1㎞あるので、1日10㎞走り早ければ10日で終わる計算です。受験勉強で鈍った身体を元に戻し、練習に励めるようにやっているらしいです。走りが終わり、いよいよ練習が始まります。人数が多いためAチームとBチーム別れて練習をします。ある日、僕を含めた3、4人がAチームの練習に呼ばれました。そこで衝撃的な光景を目にします。3年生から1年に対する圧力が尋常じゃありませんでした。先輩がボールを持っている状況で厳しいディフェンスをしようもんなら、怒られそうな勢いでガンを飛ばしてきました。初めてと言うこともあり僕の勘違いや緊張からそう思ったのかもしれないと思いたかったですがそうではありませんでした。

ある日、全体の人数が少なかったためAB別れずに全員で練習がありました。そこで決定的なことが起こりました。また、1年のある選手が先輩に対してディフェンスしに行くと、先輩はドリブルを辞め「はあ?、深く来てんじゃねえよ」と一言。GKをやっていた僕はポカーン・・・。狭いグリットでの練習だったので、全体もそれを感じ取ったのか空気が一気に重くなりました。「これが高校サッカーか」。これがはじまり。

早すぎる引退

その後、最初の様なあからさまなことを言われることはありませんでしたが練習の空気は異様でした。やってて楽しいのかな?と疑問に思っていました。GKの先輩は2人いて、その2人は優しく、気さくで良くしてくれました。ある時、3年生は仲が悪いという話を聞き僕は納得しました。あの練習の空気はそういうことかと。僕たち1年は早く引退してほしいそう話していました。そんなことを言っても3年生は上手い人が多く、レベルが高かったのは間違いありません。しかし、高校最後の大会の予選で負けてしまい夏には新チームになりました。

僕はまずこのチームを大きく変えたいと考えました。仲良しサッカーをやるために入部したわけではありません。幸か不幸か同じ1年は個性の強い仲間がいて、サッカーの技術自体も比較的高い選手が揃いました。3年生が抜け殺伐とした雰囲気はなくなりましたが2年生には2つ別の問題がありました。1つは、3年生に比べ技術レベルが低かったこと。県立の学校だったので必ずしも上手い選手が集まるわけではないし、代にこだわる必要はないと思っていました。問題は2つ目です。2年生は普段から仲が良く、優しいのですが部活の時間になってもその雰囲気が抜けません。僕が1番嫌いだった仲良しサッカーをする選手が過半数を占めていました。後輩だって関係ない、自分たちが自分が引っ張っていくんだと決心しました。

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俺たちの代

年が変わり次のシーズンが始まりました。切磋琢磨し、試行錯誤した結果リーグ戦では過半数が僕たちの代が出ることになっていました。チームを変えるつもりで毎日過ごした結果、大会の県予選では過去最高の成績を残すことが出来ました。キャプテンには苦労をかけてしまいました。口を挟む後輩、いうことを聞かない後輩がいる仲僕たちに不平不満を漏らすことなく最後まで務めてくれました。僕のブログなんて見ないでしょうが感謝しています。そしてごめんなさい。

時間が経つのは早いもので、僕たちが1番上の学年になった時絶対に結果を残すと意気込んでいましたが昨年の結果を超えることは出来ませんでした。キャプテンとしてチームを100%の状態に出来なかったことは本当に申し訳ないです。具体的にチームをどう変えたのかはこの記事で。

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『もちろん僕の高校サッカーは楽しかったです!』

 

 

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人を変えてしまうサッカーノート

ノートの原点

僕のノートの始まりは小学5年生。コーチにサッカーノートを作るように言われたのが始まり。初めて大学ノートを買い、そこにその日の出来事でも良いし、サッカーのことでも良いしとにかく毎日書くように言われた。そして練習前にコーチに見せる。ノートを書く理由なんて分からなかったし、正直面倒くさかった。宿題が1つ増えたみたいで好きじゃなかった。それでも書いていた理由は罰があったから。書いてこなかったり、忘れたりするとペナルティとしてバービージャンプを100回をやらされた。

バービージャンプ

→起立状態から腕立て伏せの状態になり、両足を胸に寄せ、戻し、起き上がってジャンプを素早く繰り返す全身運動。

書く理由は不純だったがそれでも毎日書いていた。サッカーの練習があった日は子供ながらに反省点や修正点をずらずら書いた。今そのノートは行方不明になってしまったがこれが僕のノートの原点だ。

また、5年生からサッカーと同時進行で2年間だけ少年野球をやっていた。兄弟でサッカーをやっていたが父親は僕たちに野球をやって欲しかったらしい。兄がやらなかったため、僕がやる事になった。それなりに楽しかった。2年間だけだが野球をやったことでサッカー、GKの成長に繋がった部分は多くあると思う。また今度ブログに書きたいと思う。野球でもノートを書くことを求められた。こっちは、練習のある日だけで反省点や素振りの回数などを記した。

 

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自主的に書いたノート

中学でも顧問の先生にサッカーノートを書くように求められた。しかしそれは強制的なものではなく、続けなくても問題のないものだった。僕は書きたくなった時だけサッカーノートを開き、書くようになった。特に多かったのは、負けた試合や納得のいかない試合をした時。不思議なことに、ノートに書くと気持ちが落ち着いた。悔しくてどうしよもない気持ちが和らいで行く。満足するまでノートに思いや考えを書き終えるとスッキリしていた。また、気持ちだけでなく技術的なことや戦術的な課題を書くと頭も整理される。そこで『言葉にすること』の重要性に初めて気がついた。何が良くて悪いのか明確に文字にして行く。課題の克服は早くなり、常に考える癖がついた。中学3年の頃には周りとの考えるスピードや考え方の差に〝ズレ〟を感じ、それを明確に実感するのは高校に入ってからだった。

高校では明らかに周りとの考え方に差がついていた。褒められることではないが、模試は時間が余って暇だったので、問題用紙の余白をサッカーノート代わりにしたこともあった。ゴールを奪う、ゴールを守る目的から逆算して自分たちはどんなプレーをすべきか、細かく分解した。常に考えることが癖であったが故に不満も感じるようになった。それは監督、選手にに対して。監督には具体性を求めるようになり、選手には良いプレーを再現できないこと、悪いプレーを繰り返すことに腹がたった。しかし、その感情を沈めてくれたのもサッカーノートだった。どう伝えたら良いか、どうしたら分かってもらえるか書くことで次に繋げ僕の感情を沈めてくれた。

僕の教科書

僕はサッカーノートによって1番変わったのは〝考え方〟だ。いつしか選手ではなく指導者よりの目線に立つことが多くなった。高校は50人以上いる部活だったので、僕に合わせることはない。監督、コーチも出来ない選手が多ければ何度も同じことを言うし、何度も同じ練習をした。もちろん僕も復習になるし反復練習になるのが分かっていたから一生懸命取り組んだ。しかし、復習ばかりだった。なかなか前に進めなかった。愚痴みたいになってしまっているが、僕と同じ思いをしている選手は必ずいる。それは今、指導をする立場にいるからよく分かる。そういった選手に選択肢は2つ。1つはもっと高いレベルで切磋琢磨出来るところに移る。それが無理なら自分がチームを引っ張るしかない。当時僕は後者だった。サッカーはチームスポーツだから、不満があるなら自分が影響力を持ってチームを変えるしかないのだ。

指導者になった今もサッカーノートを書いている。つまづいた時にノートを見れば忘れかけていた目標が書いてある。どうやって解決したら良いのか過去の経験談が書いてある。書いていないなら書き足していく。サッカーノートは『僕の道しるべであり、先生であり、進化する教科書』なのだ。

是非サッカーノートを書いたことがなかったり、暫く書いてなかったら書いてみてほしい。書く内容も考えてほしい。愚痴を書いても良いと思う。そうやって心の逃げ道を作っても良い。でも、サッカーはグラウンドで解決しなくてなならない。出来るだけ成長に繋がることを書こう。考えて考えて考えて。絶対に〝成長〟するから。自分だけのサッカーノートを。

『成功にとらわれるな、成長にとらわれろ』本田圭佑

 

 

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GKの役割は永遠に変わらない

GKはゴールを守っているだけではだめ

サッカーには様々なポジションがあり、各ポジションごとに役割が存在する。その役割はチーム、監督により同じポジションでも異なることがある。それはGKも同じだ。その中でも、GKには絶対と断定できるほど変わらないものがある。それはゴールを守ることである。誰が何と言おうと唯一手を使うことを許されたポジションである限りこの事実は変わらないだろう。

 

しかし、今はそれに加え、『GKが攻撃の起点』となることも要求される。ノープレッシャーでアバウトなロングキックを蹴って簡単に相手ボールにしてしまうことはBADと評価されるようになった。GKを始めたての選手や、今の小学生は恐らく難しくないだろう。時代の流れ、タイミングによりそれが当たり前とされる訳だから。問題なのはそれよりも前の世代の選手だ。もちろん、トレーニングによりキックやビルドアップが得意なプレーの1つになる選手もいるだろう。僕もその1人だ。

 

中学生の頃、トレーニングマッチで高校生と試合した。その時、高校生側のGKがバックパスをロングキックした瞬間に監督に怒鳴られていたのだ。僕には衝撃だった。何で怒られてるの?と。その試合中度々怒られていたため、その監督の言葉に耳を傾けると自分がフリーな状態なのにアバウトなロングボールを蹴っていることが原因だったらしい。僕は見よう見まねで、バックパスをトラップしボールを運び出し蹴ろうとした。その瞬間相手FWにカットされゴールを許した。僕はこのミスをポジティブに捉えた。この日を境にGKの考え方を変えた。『攻撃の起点になる』。朝練ではFPに混じってのトレーニング、GKをやっても簡単にロングボールを蹴らなくなった。高校ではキックの質をこだわるようになり、対戦相手の監督から僕からのフィードを注意するような指示も出ていたらしい。

 

僕は幸運だった。中学の監督もGKの僕がFPに混じってトレーニングすることを許可し、試合でもリスクがあるにも関わらず僕がチャレンジすることをとがめなかった。高校でもGKからビルドアップすることを監督が求めた。もし、リスクを回避するためにロングボールを多用するような指示をされていたら僕は〝不得意のまま〟だったと思う。トレーニングしていない選手に対して、トレーニングできる環境のない選手に対してキックの技術やビルドアップの参加を求めることは非常に難儀である。

 

しかし、出来ないままでいいのだろうか?出来ない理由をチームや監督のせいにするべきなのか。気づかなきゃだめだ。世界のトップで何が求められているのか。GKは攻撃の出発地になることが多いのは言うまでもない。ゴールを守って、攻撃の起点になる。GKの魅力がまた1つ増えた。喜ぶべきだ。何もネガティブに考える必要はないし、たくさんチャレンジしてたくさんミスしたらいい。GKには変化が求められている。

 

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GKならスペースを支配しろ

これは『ゴールを守るためにするべきこと』と考えたほうが分かりやすい。従来のゴールに張り付いて守るやり方を守備的とするのであれば、スペースに出て守るやり方は攻撃的と言えるだろう。ここではスペースディフェンスと言うことにする。

 

ディフェンスの背後をどう管理するか?ブレイクアウェイ 、フロントダイブをはじめ、DFラインとGKの間に蹴られたクロスの対応。DFラインが高ければ、時にペナルティエリアを出て対応しなくてはならない。決定機を作られる前にそのチャンスを防ぐ。スペースディフェンスは今やGKに求められる役割のマストになっている。

 

これは身体を鍛えたり、シュートを受けるトレーニングばかりしていたらダメだ。ベストなタイミングで前に出るには常に良い準備が求められる。そのためには〝頭〟が重要になってくる。試合形式のトレーニングでいつ・どんな時に・どのタイミングで・どう前に出るかは考えなくてはならない、頭を使わなくてはならない。『脳みそをフル活用しよう』。

 

1番はゴールを守ること

話を戻すと、GKにとって1番重要なことはゴールを守ることである。ビルドアップでもキックでもコーチングでもクロスでもキャッチングでもない。そこを勘違いしてはいけない。

サッカーは『ゴールを守るため』『ゴールを決めるため』が本質である。選手にはチャレンジして欲しいし、指導者にはトライできる環境を作って欲しい。選手は失敗すればいいし、指導者はそれを許して欲しい。

 多くのGKが成長することを願って。

 

 

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『俺のGK人生』〜本当に楽しいか〜

GKをはじめたきっかけ

サッカーをやっていて楽しいですか?

今やっているスポーツが好きですか?

好きなことはありますか?

 

僕は保育園の年長(6歳の年)に兄の影響でサッカーを始め、ある日コーチに僕ともう1人、話があるとコーチに呼ばれました。その内容はGKをやらないかと言うことでした。あまり迷うこともなく僕は「やります」と。その日から僕のGKとしての人生がスタートしました。何かを始めるきっかけは全てがドラマチックなものではありません。僕もGKを魅力的に感じていたわけでもないし、ほんとたまたまです。恐らくコーチは当時身長が大きかった僕たち2人に声をかけたんだと思います。

保育園の1年間の内に2つの大きな大会がありました。その大会で準優勝と優勝を納めました。保育園生が使うゴールは想像できる通り本当に小さいもので、縦にも横にも大きかった僕にそのゴールをも守ることは難しくありませんでした。それでもトロフィーや大きなカップ、個人賞をもらえて仲間と喜んだのを覚えています。これが僕の記憶にある中の初めての成功体験です。

そんなこともあり小学校でもサッカー、GKを続けました。小学4年、県大会で優勝します。準々決勝、準決勝とPK戦で勝ち上がり決勝は1−0と勝つことができました。小学5、6年の時も県大会優勝は出来ませんでしたが、カップ戦や地区大会では良い成績を残し県内では強い方のチームだったと思います。しかし今思い返すと、GKが楽しいと思ったことはあまりないように思います。それよりも負けて悔しい、勝って嬉しいという思いの方が強かったです。子供の頃から〝チームのために〟という思いは人一倍強かったと思っていて、そういう意味では責任感のあるGKは僕に向いていたんだと思います。

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GKトレーニングをしない

中学では部活に入りました。GKコーチもいなく自分の経験や試合の課題を自分なりに練習に抽出してトレーニングをしていました。「ん?GK練習してたんじゃん!」ってお思いですよね?「してましたね笑」。中学では朝練があってそこではほとんどGKはやっていません。その代わり、フィールドプレイヤー(FP)と一緒に練習をしていました。それが本当に楽しかったです。特にポゼッション練習は魅力を感じていました。ボールを繋ぐ、そして奪う。このサッカーでは当たり前の動きが本当に楽しかった。練習のテンションもFPより高く、そして熱くやっていたのを覚えています。

GKとしては放課後の練習、試合がメインでしたね。身長に伸び悩み、頭より上のミドルシュートを防ぐのが苦手でした。小学生はゴールの大きさが小さいので、その大きさは僕にとって守るのが簡単でしたが、中学生からはゴールの大きさが変わり僕にとって難しいものになりました。しかしそれも、トレーニングで課題を克服することができました。特徴といえば、声のでかい積極的なGKといったところでしょうか。『誰よりも熱くチームのために』は小学生の頃から変わってませんね。

中学で大きな変化がもう1つありました。それはサッカーノートです。小学生の頃も書いてましたが、それは日記みたいなもので。中学では自分なりに試合の反省、何がダメで何が良かったのか、今後どうするべきなのかなどを気が向いた時に書いていました。これはまた後で書こうと思いますが、このサッカーノートがきっかけで僕は大きく変わります。

 

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GKコーチとの出会い

高校は県立の進学校に入学し、そこのサッカー部に入りました。保育園からの友人にそこで一緒にサッカーをやろうと言われたのがきっかけですね。高校でもGKを続けました。本当はFPになりたかったんですが・・・。

この話は置いといて僕は高校で初めてトレセンに行きました。小中と行く機会はありましたが、何と理由をつけて行ってませんでした。トレセンでは専門的なGKコーチはいませんでした。練習を付き合ってくれるコーチはいましたが。トレセンは刺激になりましたね。顔見知や友達が多くいて、8人制でコートは狭い中、ゴールは大人用とGKいじめかと思いましたがシュートの数が増えて個人的には楽しかったですね。

2年生の時に月に1回GKクリニックに行きました。行かせてくれた監督には感謝していますが、正直もの足りなかったですね。練習内容と言えば基本的なことが多く、小中でも単発なクリニックには行ったことがあったのでそことあまり変わらず。もちろん基本は大切ですし、教える側にも事情があるので仕方ないのはわかっています。そんなか3年生の時にチームにGKコーチが付いてくれる事になりました。これは本当にありがたかったです。週に1回来てくださり、ステップ等のトレーニングが多かったですね。ステップの重要性、種類、状態の使い方細かいところまで学びました。土のグランドだったので怪我をしないようにメニューも配慮してくれて本当に感謝しています。そのコーチは国体にも関わりがある方でもっと早く会っていれば国体に選んでくれたと言ってくれました。これは自身にもなりましたね。

GKとしては高校ではビルドアップやフィードの技術が磨けました。その能力に磨きがかかった理由は戦術やサッカーを勉強したことが背景にあると思っています。キックだけ練習してもダメなんです。試合で使えるようにするにはそれを使うタイミングや状況把握が欠かせません。それを知らないGKは多いんじゃないでしょうか。また、個人的にこのトレーニングが楽しかったのも大きいんだと思います。前のブログでも書きましたが自分が『攻撃の起点になること』『試合の流れを作ること』の快感をぜひ皆さんにも感じて欲しいです。

 

 ◆GKの役割は何か

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大学サッカー

高校を卒業し大学で1年半サッカーをやりました。大学でのことはまた後で書こうと思いますが、『高校でサッカーをやめて欲しくない!』これは中高生に伝えたいメッセージです。高校で燃え尽きてはいけない。高校のサッカーはやらされてはいけない。大学でも専門でも社会人でもやる場所はどこでもいいんです。サッカーは楽しいものなのに、いつの日かそれが楽しくなくなってしまう時があります。僕は今指導者としてサッカーに携わっていますがやっぱりサッカーは楽しいですよ。

結論僕はGKを15年間やって来ました。保育園からGKをやって来た人は少ないんじゃないですかね。GKはFPと同じ部分がありますが、やっぱり専門職です。つまり専門の指導を受けなくては上達は難しいでしょう。GKがチームを救うことはたくさんあります。あなたのGK人生・サッカー人生を是非聞かせてください!

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

 

 

ポルトガルvs.スペイン【グループB好カード】

W杯最初の好カード。信じられない、いや彼なら起こることも予想できたかもしれない。ポルトガル対スペインの一戦、 3対3のドローに終わりますがポルトガル代表クリスティアーノ・ロナウドハットトリックを達成しました。

いや〜、凄いの一言(笑)

ってことで、またNHKさんの戦術カメラで試合を見ながらブログ更新していきます。

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ロシアW杯なおきの『GK目線』。

 GK紹介

ポルトガル代表 1番ルイパトリシア

・スペイン代表 1番デヘア

 

ファーストプレー

今回も GKのファーストプレーに注目したい。足でさばくのかシュートストップかクロスか。うまくリズムをつかめるかが大切。

前半 4分ロナウドがPKを獲得し冷静に決める。デヘアに対するファースシュートがゴールに繋がってしまった。不運としか言いようがない。

 
PK判定後のデヘアの行動

まずPKの笛を鳴らされ、審判の方へ向かおうとするがすぐやめ、一度水分補給。一旦冷静になったのだろう。歩いて審判に向かい何かを話し、その後キッカーのロナウドの元へ。ここでもロナウドに何か話した模様。少しでもプレッシャーをかけたかったのだと思う。

PK自体はボールを蹴るより一瞬早く右に飛んだが、ロナウドはGKを見て判断したわけではなく、蹴る方向を決めていたと思う。

デヘアは始まったばかりの試合、うまく切り替えることができるか。

 

一方、パトリシアは前半10分にシルバにシュートを打たれるも枠外。しかし、ポジショニングやそこに至るまでの細かなステップはスムーズだった。ファーストプレーはゴールキック。最近ではゴールエリアの中央にボールを置き、左右どちらにも出しやすい状況をつくるGKも多い。キックをみるとあまり自信が無いようにみえる。

 

前半24分ジエゴ・コスタが得点。このシュートはパトリシアに対する一本目の枠内シュートだった。ポジショニングをやや前にしても止めることはできなかっただろう。

ポルトガルは後ろにウエイトが残っていたにもかかわらず、 1本のロングボールと1人の個人技で得点を許してしまった。GKを含めリスクマネジメント不足だった。

 

ロナウド2点目

前半44分ロナウドが追加点を決める。正面低めのミドルシュートを弾いたボールがそのままゴールへ。デヘアは準備もしていたし、ボールは正面、今大会のボールの性質で滑った様子もない。普段からマンチェスターUでプレーしている彼がボールスピードが速すぎたという理由も考えにくい。

ただ、腰を落としきれてない。確かにDFの距離の遠さから左右どちらにもシュートが来る可能性はあり、そこでの真ん中低めは意表を突かれた事もあるかもしれない。しかし僕は、このシュートの背景に注目するべきだと思う。

ポルトガルの枠内シュートはこれが2本目である。1本目はPKなので流れの中ではこれが1本目になる。GK経験者ならわかるかもしれない、ずっとシュートが来なかったが終了間際の強烈なシュートは意表を突かれる場合があるし、試合開始早々の失点の動揺も残っていたかもしれない。

もちろんロナウドにパスを出した17番ゴンサロゲデスをCBがルーズにしたことから始まったとはいえ、デヘアのミスに違いない。この舞台は普段のプレー、簡単なプレーを簡単にやるのが難しいのだと改めて感じた。

 

ジエゴコスタ2得点目

55分イニエスタがFKを獲得。シルバのクロスをブスケツが折り返し、コスタがゴール。GKはノーチャンスだった。では、どこに問題があったのか。

まず、コスタにマークが付いていなかった。近くにはポルトガル8番モウチーニョがいた。しかし、彼はイニエスタを意識し背後のコスタに警戒していないように見える。また、ラインをペナルティエリアに合わせるように味方に促していたため、ラインからはみ出したコスタ無視したのかもしれない。

次に、ポルトガルのストーン選手はロナウドとフェルナンデスだった。彼らはDFラインに入るも何もしていない。これは大きな問題では無いか?ロナウドはクロスと同時にポジションを下げているが、ブスケツの折り返しをクリアできるポジョンにまでは下がっていないし、フェルナンデスに関しては本当に何もしていない。

ポルトガルのマークやストーン、ポジショニングに問題があったのはもちろんだがジエゴコスタのポジショニングと準備力を褒めるべきか。

 

ナチョのスーパーゴール

58分ナチョのゴールで立て続けに追加点を奪ったスペイン。ポルトガルのクリアボールが味方選手に当たりナチョの元へ。GKノーチャンス。

大切なのはナチョに渡る前。右サイドで数的同数で崩されてしまった場面。中央でイニエスタ、コスタに簡単に起点を作られた場面。失点の状況を作らないことが大切。

 

ロナウドハットトリック

88分自らFKを獲得し、直接決める。デヘアは左へステップするも反応できず見送った。FKで注目したいのは壁の作り方だ。1番背の高いピケを左から2番目に置いている。そして次に高いブスケツを1番左。ボールの軌道を見るとピケを1番端に置いたら結果は変わったかもしれないが、その時はまた別の軌道で狙って来ただろう。驚いたのはラモスを左から5番目に置いたことだ。左のキッカーもいるがこの状況はロナウドが蹴ることが予測できる。となると、デヘアのポジショニング含め、ラモスは3番目で良かったのでは無いかとも思う。蹴られた後を見ればわかるように、ラモスとピケは前に出て止める意識がビンビン伝わってくる。その彼らがニアに並んで立つのは非常に圧迫感もあるだろう。

これらは全て結果論だが、シュートが凄すぎた。で終わらすのは非常に危険で、成長がストップしてしまう。もちろん、ロナウドがスーパーだったのは間違いないが(笑)

 

まとめ

GKの難しさが改めてわかった試合だと思う。シュートストップが優れていても、時間帯やタイミングでその能力が発揮されない場合もあれば、ナチョのゴールのようにノーチャンスのものもある。また、デヘアのような優れた選手でもミスをすることを忘れてはいけない。そして、そのミスに対する評価や発言も充分に気をつけたい。